感染症を抑え込めないわけ

新型コロナ、ようやくワクチンが出てきた。

ワクチンという観点からでいうと、これまでのないスピードで開発され、知の進歩による反撃の始まりだと大きく讃えるべきだと思う。

しかし一方、あまりにも多くの命だけではなく、一人一人の生活も長期間わたって狂っている。感染症が原因で死に免れたとしても、間接の影響で死んだ人も非常に多い。

あまりの悲惨さ、これはもう最善の結果だとどうしても思えない。

ではなぜ感染症を抑え込めないでしょう。

社会に損害を与えた人は罰どころか、国によって優遇されることもあるに私は非常に違和感を感じている。

常識的に考えると、いわゆる悪人を優遇する法律は普通に作るわけがない。社会がおかしくなる。(実際にはあるが、明白な悪影響が今度のように非常に短い間に出てこない。)

しかし今度は違う。感染されても「あなたのせいじゃない」とか「ただで治療できる」とか、常識にそぐわない政策、世論が現実になっている。その結果、世の中がおかしくなるのも至極当然。

「いやいや、可哀想じゃないか」とあなたが思うかもしれない。

それはそうでしょう。しかし、感染症に限らず、すべてではないが、加害者でありながら被害者でもあることは普段にも少なくないのだ。

もし、ほとんど感染者がいない時点から感染拡大を助長した者を処罰する国会立法をすれば、みんなが一生懸命感染されないよう注意するはずだ。みんなが一人一人自分の利益を追求し、自分に合う最善の感染症対策を自発的に取るのだ。感染規模も大きくならないでしょう。

「いやいや、いくら対策をとっても、万が一感染されるかもしれない」とあなたが思うかもしれない。

それもそうでしょう。しかし、車の運転でも同じことが起きる。いくら細心の注意を払っても、事故を起こさない保証はどこにもない。この問題の対策も簡単だ。民間保険会社に任せれば良いだ。

以上のいうことはすべて正しいというわけでは断じてないが、「ブレーキとアクセル」とか、あまりにも意味不明の発言が多すぎる現在、少しでもましの政策があるのではないかと思うばかりだ。

いまの現実、感染症の話に限らず、資本主義制度でありながら、強引に社会主義政策を取ろうとする結果でもあるのではないでしょうか。

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